執着しないこと。

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僕が人生で大事だなと思うことは、執着しないことです。

それについて、改めて考えてみました。

 

人生は、常に「道半ば」である。

 

まず、

 

意識してないと忘れちゃうんですが、これ大事ですよね。

人生は常に「道半ば」である。

どの時点で終わるかわかんないのです。

 

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人は、いつか死ぬ。

 

それに、何か手に入れたら終わるものでもありません。

 

大学に合格しても、就職しても、結婚しても、1億円手に入れても、人生は続くわけですよね。

 

生きている限り、常に次がある。

 

何かを達成すれば終わるものでもなく、いつ終わるかわからないのです。

 

この大前提の中で生きていることを忘れないでおこう。

 

ひとつのことに固執しないで、可能性の中に生きる。

 

「執着しないこと」で、可能性が広がります。

 

可能性っていうと、夢だとか、目標とかがあって、それらを叶えることのように思うかもしれないけど、それって可能性を狭めることになります。

 

今の時代は、なにか具体的な目標をもって生きていくような時代じゃないのかもしれません。

 

一つの目標に突き進むことは、可能性を狭めることになります。

 

野球選手だけを目指して、それがかなうかかなわないかっていう人生ではなく、その過程で得たスキルがいろんなことに活かせるかもしれないという人生のほうがおもしろい。

 

漫画家を目指して、それになれたら成功、なれなかったら失敗ではなく、その過程で得た「絵を描く」というスキルで何かできるかもしれない。いろんな可能性があるのです。

 

たった一つのことに執着する必要はないと思うんです。

 

「夢を見つけましょう」

「目標を決めましょう」

「やりたいことをしよう」

 

みたいなことがあらゆるところで言われますが、あんまりそれって関係なくて、むしろ、ひとつに決めてしまうほうが良くないんじゃないかと思うのです。

 

 

もちろん、いろんな可能性があっても、自分の体は一つなので、その時点では一つのことしか選べないかもしれません。

 

けど、ひとつのことと一生付き合わなければいけないわけではないのです。仮にひとつを選択しても、また次の可能性が広がっていくのです。

 

僕たちは、常に方向転換できる可能性の中に生きています。

 

つまり、満足や到達とか達成というのは「プロセス」であって、厳密にはゴールは存在しないのです。

 

この「ゴールを決めないで生きること」ができれば、ずっと可能性を持ち続けられると思います。

  

「過去」や「現在」に執着しない。「未来」しかない。

 

人生を確かなものにしているのは、「今」でも「過去」でもなく、「未来」です。

 

過去は記憶の中にしかなくて、変えられない。現在の自分がいる状況もその結果もたらされたもので、すぐには変えられず受け入れるしかありません。

 

未来に向かっていることだけが、ぼくたちが生きている理由ではないでしょうか。

 

可能性に生きている人は、構造的に不幸になりません。

 

なぜなら、「何かを手に入れた感覚」も「何かを必死で守る感覚」も薄いから。ただ、今がそうであるだけで、未来は変わるという前提で生きています。

 

ほとんどの不安や不幸は、手に入れることや手に入れたものへの執着が原因なのです。

 

それらをただの確率としてだけみているので、不幸と感じません。サイコロ振って、1の目が出ても、次は6かもしれないように、その結果に執着しないのと同じ。

 

「可能性の中に生きる」とは、そういうことです。

 

ありがとう、さようなら。

 

 すべてのことに意味はなく、執着する必要はありません。

 

それは、人間関係も同じ。

 

よく「感謝することが大切」と言われます。

 

たしかに、親や友達、その他の人への感謝って、感謝してもしきれないほどあると思う。けど、執着する意味はないのです。

 

ぼくは、「ありがとう。じゃあ、さようなら。」でいいと思っています。

 

そこに執着しなくていい。

 

なんか非情だな、と思われるかもしれませんが、、じゃあ、感謝して「ありがとう」ってずっと手を握り続けるのでしょうか?

 

 そうじゃないですよね。

 

感謝しているからといって、「ずっとつながっている」わけではありません。それぞれの人生は一本の線で、独立しています。

 

たまたまどこかで交じり合う瞬間があり、影響しあいますが、それぞれの人生は必ず独立しています。

 

だから「恩返し」とかも別に考えなくていい。

 

 感謝はその瞬間に完結していてあとから何か返さなきゃいけないわけじゃない。

 

言い方は悪いですが

「感謝したからなに?」って感じです。

 

感謝しているからといって、これまで会った人たちにわざわざ一人ひとりあっていくわけないですよね。

 

自分に置き換えても、「そんなに感謝されなくてもいい」と思うのではないでしょうか。

 

そこに執着しなくていいのです。

 

 

家族がいるから働かなきゃいけない。

仕事があるから生きていかなきゃいけない。

あの人にお世話になったから、これを続けなくちゃいけない。

、、

 

など、人間関係に固執して、自分の生きる理由を外に求めてしまうと、不幸になるリスクが高まるのです。

 

これは親子であっても同じ。親に執着する子は不幸になるし、子に執着する親も不幸になる。

執着せずにお互いに自立していれば、お互いを憎みあうこともないのです。 

 

感謝だけでいい。

 

けど、感謝したほうがいい。

 

過去や現在のすべてが、自分を次に進めてくれるから。

 

ぼくも、すべてのことに感謝しようと思えば感謝しきれません。

 

だから、純粋に感謝だけでいい。

 

人生いろいろあるけど、それらに感謝以外の感情はいらないと思う。

 

好き嫌い、恨み、悲しみ、憎しみ、、

そういった感情で執着するのではなく、ただ、感謝だけでいい。

 

「ありがとう、さようなら。」だ。

 

ぼくはこっちに進みます。あなたもがんばって。で終わり。

 

感謝して終われば、囚われずに次に進める。

 

執着しないこと。

 

つらつらと書きましたが、まとめると、とにかく「執着」っていうことが、人生の多くの問題の原因です。

 

だから、「執着しない」を大切にしています。

積みすぎたら、わざと崩してみるのです。

 

「手に入れること」を人生の豊かさとしていたら、守るものがどんどん増えていき、結果、失うものも多くなり、不自由になります。

 

できるだけ早いうちに執着を捨てることになれて、コントロールできる「未来」だけにフォーカスするのが良いかと思います。