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■つまり、世界はよくなるのである。

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国際協力や社会貢献を考える。

 

学生の頃からずーっと考えていたことではある。

 

途上国と呼ばれる国を歩き、微分で幸福度が測れるらしい経済学というものも学んだ。

 

「社会を良くする」ということに関心を持ち出したのはなぜなのかよくわかりません。何をすればいいんだろう、、。

 

そんなことを考えるのも疲れたので「世界は良くなると決まっている。」ということにしている。というか、「もう素晴らしい世界なんだ。」ということにしている。そういうことにして生きている。

 

世界は、よくなると決まっている。

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「社会を良くしよう」なんて思わず、(少し思ってるけど) 好きなことをするようにしてる。あえて言うなら、「あ、好きにやっていいんだ。」って思える人が増えれば、社会は良くなると思ってる。そのためには、自分が好きに生きることだと思う。

 

理由のないことを大事にしてる。メリットのないことに全力でやってみたり、お金を捨てたり、損することをたくさんやってみた時期がある。どーせ、大丈夫だった。「大丈夫だよ。」って言えること、生き方で示せることには価値があると思ってる。

 

もっと頑張らなきゃって、ときどき思う。世界の裏側では、5歳まで生きられない子どもたちがたくさんいる。水を得るために何キロも歩かなければいけない人たちがいる。僕たちが着ている服を作るために安い賃金で人生の時間を削っている人たちがいる。農薬にまみれながら作物をつくってくれてる人がいる。、、そんなことを考えたらキリが無い。こんな恵まれた環境にいるのに、何やってんだ。と自分に喝を入れることもある。

 

けど、人間は習慣の生き物だ。一時的に喝を入れようが、慣れが勝つ。長くなるから書かないけど、世界はコントロールされている。当たり前だ。こんなにモノが溢れている世の中でこれだけ格差があるんだから。頭のいい権力者たちが煩悩だらけの僕たち凡人をコントロールするなんて容易いことだ。儲けるために原発がつくられ、病気がつくられ、戦争がつくられる世界なんだ。人類は、こんな技術に発展しても戦争をなくせないアホなんだ。

 

人間は煩悩だらけだ。楽な方へ行く。大衆に流される。さらに「人に良く思われたい。誰かより上に見られたい。」そんな風に考えるように僕たちは教育を受けてきた。誰かと比べるように教えられた。上へ上へと行くように教えられた。言われたことにちゃんと従うように教えられた。それによって「世界を変えよう」と思う人も生まれにくくなった。その代わりに「こんな世界いやだ。」と思う人は増えたと思う。

 

時代は変わったと思う。煩悩だらけの凡人でもこうして発信することができるようになった。いろんな人と繋がれるようになった。ステータスの基準が、お金とか権力とかから「世界を良くする」「人に貢献する」ってのに変わりつつある。ただお金を持ってるだけの人、肩書きがあるだけの人がかっこ悪い時代がきた。凡人である僕たちが幸せに生きるには「貢献すること」なんだと思う。

 


、、と、つらつらと戯言を並べたところで、僕は世界を変えられないのである。けど、例えばこのブログを読んだ人の行動が1ミリでも変わったり、1人でも何か感じる人がいるのであれば、僕は何か世界のために意味のあることをしたと言えるのかもしれない。そんな思いでブログを書くことがある。

 

 

そんなことを思ったのは、「ペイフォワード」という映画を観たのがきっかけだ。一人の少年が社会科の授業で与えられた課題で、「社会を良くするためにできること」を考えるというもの。主人公の少年トレバーが考えたアイデアが「ペイフォワード」である。感謝を「次へまわす」というものだ。ペイバックするのではなく、恩を次へまわすのである。ひとつ受けた恩を、次に3人にまわす、そしてその3人も誰か3人を助ける、、そうして良い心を世界に広めていくというのである。だから、もしこれを読んだ人は、今日だけでも誰かのために何かし、、


、、

 

とかいう真面目な話はしないことにする。たぶんあまり意味はない。

 

好きに生きたらいい。
だって、これ読んでる人は、どうせ好きに生きれるから。
スマホだって持ってる。

手も足も目も鼻も口も、きっとあるんだと思う。

 


、、

 

つまり、世界は良くなるはずなのである。
(無理矢理。)

 

おわり。

 


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