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■「命を頂く」ということ。

2回目のキウイ農園での生活も気づけば2週間以上が経過しました。

一時は断食したり、朝食も食べないのが当たり前な生活をしていた自分ですが、こちらに来てから朝昼晩しっかり3食たべています。少食、断食のメリットもありますが、やっぱりおいしいご飯がお腹いっぱい食べられるってありがたい。

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初めてのいも汁はおいしかったので、帰ったらまた自分でも作りたい。

ここでは、食べる前に10秒ほど黙祷します。「命を頂く」って何なんだろうって考えます。

この農園には動物もたくさんいます。ここでは食用の家畜ではないのですが、考えてみると、動物を見て「かわいい〜」と思うくせに、そこで殺して食べましょうとなるとみんな躊躇うと思う。

けど、ふつうに「今日は何食べる?」とか「焼肉いこー」「寿司いこー」って会話は当たり前にする。自分の見てないところで、牛や鶏や羊が殺されていようと、それはどこかの誰かがやってくれていて、自分はおいしいところを頂く。

口にしているものがどこから来ているかなんて気にもとめない。牛乳がスーパーやコンビニで作られていると思っている子供もいるらしい。

いろんなことに言える。自分が見えないところで戦争が起ころうが、世界のどこかで飢餓で苦しむ人がいようが、そんなことはどうでもよくて、目先の自分の欲求に負けるのが人間で、それはどうにもできないんだなと思う。けど、ときどきは考えてみたほうがいいのかもしれない。

以前、アフリカに行ったときに初めて生きた鶏をさばく経験をしました。

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特別な体験のようで、そこの人たちにとっては当たり前の日常。生きるために「命を頂く」ただそれだけのこと。(※あとで、おいしく頂きました。)そう考えると、「感謝して食べよう」なんて改めて意識するのも変な感じだ。

何かを食べるとき、その動物や植物だけでなく、その料理を作ってくれた人やいっしょに食べる人の命も頂いているという感覚もある。

命=時間だから。その人の時間を、命の一部を使って作った料理だって考えることもできる。このブログを書くのだって命を使ってる。読むのにも使う。人も動物も自然もすべて、命を使って関わり合っている。そんな感覚。

とにかく時間が経つのが早い。もっといろいろやりたい。

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